「母親はとてもシャレた人で、小○生の私はベレー帽をかぶ
らされ学校に行っていた。そのベレーを級友にからかわれる
のがイヤで、ある日母親に「こんなもの被りたくない」と言った。
母親は何がイケないのかサッパりわからず、キョトンと
していた・・・・・・」というくだりが椎名誠の作品にあったのを
おぼえています。
私の母に似ています。
私の母もオシャレな人でした。そして、子供の私がなるたけ
カワイく見えるように腐心していたような気がします。
月に一度は床屋ではなく美容院に髪を切りに連れていって
くれていました。髪型は横はアゴのあたりまであるボブカット(笑)
「あなたは短い髪は似合わないからね」といつも言っていまし
た。
まだ周りには坊主頭の男の子もいるような時代でしたが、
母は坊主頭を憎んでいました。
幼稚園の制服がセーラーでした。
ボブカットの5歳の私がセーラーを着ると母は「カワイイ。よく似合う」と
言っていました。
家には古いアップライトピアノがありました。ひまができると母はピアノを
弾きながら、ジャズのスタンダードや50年代や
60年代のアメリカやイギリスのポップスを歌っていました。
小○校に上がると、私にピアノを教えてくれるようになりました。
それも、ポップスの伴奏がどうやったらできるか、というピアノの
の弾き方でした。
そのおかげでピアノが多少弾けるようになりました。
振り返るとそのことが私のあとの人生に効いてくるのです・・・・・・。
母が私のために買ってくる服もなにか少し変わっていましたね。
いまでもおぼえているのが、ボレロ(笑)
小○生の私はテルテル坊主みたいになっていました(笑)
これが、冒頭に書いた椎名誠の小説にヒッカカるところで
す。
ボレロを着ていても、カラカワレたりはしませんでしたが。
子供のころはごく普通のいわゆる専業主婦の母だと思って
いましたが、今思い返してみるとちょっとオシャレな人だった
んだなと思います。